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7月5日はビキニの日 [裸体・下着]

ビーチやプールで、ワンピースタイプの水着よりは確実に人目を引くのが
ビキニと呼ばれる上下がセパレートになっている水着ですよね。

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一般的になっているので、なぜあの水着がビキニと呼ばれるかはご存知と
思いますが、フランスのルイ・レアールというデザイナーが1946年7月5日
今までのワンピースと比べて格段に露出度の高いツーピースの水着をパリ
で発表し、「ビキニ」と命名して世界中に発信されたことから、7月5日
はビキニの日ということになっています。


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「ビキニ」と名付けた理由は、発表の4日前の7月1日に、アメリカ軍は
南太平洋のビキニ環礁で原子爆弾の実験を行い、その衝撃的な破壊力から
自分自身がデザインした水着の衝撃力のイメージと重ねて、ビキニという
名前を付けたわけです。

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今なら大量殺戮兵器の実験場の名前を付けた水着なんて不買運動が起きて
名称変更になりそうですが、当時はイデオロギーの対立から核戦争の勃発
も想定するぐらいに人間は愚かだったので、核爆発の衝撃も女性の水着の
衝撃も同意語と考えるぐらいのことは普通だったのでしょう。

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ビキニ環礁では1958年に最後の核実験が行われるまでに、67回もの
核実験が行われ、残留放射線濃度は現在でも元の島民が帰還できないほど
の高レベルになっていますが、アメリカ政府は長崎・広島への原爆投下と
同じく正式な謝罪もしていなければ、環境改善のための努力も無しなので
人が住める環境になるとは思えないですね。

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過去の愚行は取り返しが利きませんが、未来を変えることは出来ます。
女性の露出がいくら高まってもそちらの衝撃は大歓迎の人も多いのに対し
放射性廃棄物を撒き散らす核実験など誰も歓迎しませんので、今後も世界
のどの国であっても核兵器の実験は止めてもらいたいものです。

核の海の証言―ビキニ事件は終わらない核の海の証言―ビキニ事件は終わらない
山下 正寿

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